この記事には広告を含みます。
はじめての恋愛
今、私はHSPについてのブログを作成していますが以前は自分の生い立ちや青春時代を借金返済に費やした人生を綴ったブログを作っていました。
そのブログを綴っている中で自分の偏りに気づき、検査した結果、超敏感タイプと判明しました。
そしてHSPと踏まえた上で人生を振り返ると突然降りかかった訳ではなく、仕方なかったのかもしれないと思いなおしました。
当時、私が何を考え何に一生懸命生きていたのか改めて振り返ってみますが、HSPさんが陥りやすい”誰かの為に生きるという責任感と正義感”が出会う人によって苦しいものになるかもしれない。と気づいて欲しいと思っています。
影のある男
初めての恋愛と呼べるのは22歳の頃。
私は父の再婚で家を出ることになり、アルバイトを始めました。
アルバイト先で9歳上の保険会社に勤めるXと出会いました。
なんとなく自信なさげで自虐的で9歳も年上なのに守ってあげたくなるような人でした。
お酒が入っていないといつも暗く、常に「俺なんて」と口走るような人。
なぜかその影の部分が自分と似ていて放っておけなくなりました。
私が一人暮らしをしているところへ入り浸り「アパート代がもったいないから実家に住まないか?」
とXの実家に住むことになりました。
Xの給料は歩合制。新規の契約があれば給料が高いが、安定しない。31歳で実家暮らし。
Xはパチンコが好きで仕事の合間に行くほどでした。
私はパチンコ店に入ったことはなく、たばこも吸わないので煙くてうるさいパチンコ店は嫌いでした。
ある時、「お客さんとの待ち合わせの時間なのに球が出続けているから来て欲しい」と言われ初めてパチンコ店内に入りました。
そのあとも今日はあの店の何番に座ってくれ。今日は朝から並んでおいてくれ。と言われました。
休みになると私たちはパチンコ店で一日過ごすようなこともありました。
Xの家族
Xの父親は漁師で1年のほとんどは千葉県銚子市に住んでおり、何年かに一度帰ってくるとの事。
かなり大きな新築の家を建てていますがほとんど父親の荷物が無い状況でした。
Xの母親は糖尿病で仕事を辞めて息子Xと二人暮らし。
毎日朝市に出かけ、魚を買っては冷蔵庫で腐るまで入れておく人で、すじこが主食。
新築のキッチンが物であふれていました。
急に転がり込んできた私の事を何も咎めず、Xにいつも怒鳴られ、何も言えず、あまり自分の意志がなく、いつもボーっとしているかわいそうな母親でした。
婚約
18歳で母親を病気で失った私には放っておけなくて、Xの母親を自分の母のように感じていました。そのうち結婚の話が進み、Xと両家を交えて婚約をしました。
私は婚約と同時に仕事を辞め、Xのお母さんの金遣いの荒さの監視とXのお金の管理を任されていました。
はじめての借金
Xの実家に住み始めてからXの借金の話を聞かされていました。
【前の彼女が騙された。その肩代わりをした。その彼女に振られて、現在800万円の借金がある】
その話を聞いて私は金額にびっくりするどころか、
【自分がこのかわいそうな人達を守らなきゃいけない】と思ってしまいました。
両家を交えて”婚約した”という事にHSPの正義感で”自分が何とかしないと”という気持ちになっていました。借金が分かったところで婚約解消なんてありえない事でした。
若い頃に母が亡くなり、生き甲斐を失った私はこの借金を背負った男とバラバラな家族を一つにするべきなのだ。と使命感のようなものを感じてしまい、自分から借金地獄に飛び込んだのです。
借金の増え方
Xには800万円のうち、闇金的な借金があり、元金が減りません。
まず私の新車を下取りしてもらい、中古車を買い、差額を闇金への返済に充てました。(当時75万円)
この人の役に立つ。一生この人と生きていくんだ。と思っていました。
私はXに頼まれ、消費者金融から自分の名義の借金を1社2社と借り入れ、Xの借金をまとめて返済しました。そのあとも借りては返し、その中から生活費やパチンコに充てたりしていました。あっという間に私名義の借金は400万円になり、もうどこに行っても借金が出来ない状態になりました。
その間約1年程。婚約話も進まないまま毎日今日はどこの返済日だっけ?という会話しかしないぐらいになっていました。そんな状態になっても私の正義感と秩序は揺らぎませんでした。夫婦とは空気みたいになれたらゴールだ。と先人から教えてもらったのでこの状態が悪いとは全く思っていませんでした。Xはまだまだ恋愛ごっこしていたかったらしく、帰りが遅くなる日が多くなりました。
Xとの最後
借金がどこからも出来ない状態になってすぐ、私は帰りが遅いXに相談せずに仕事を始めました。
正義感の塊の私は相談しない事が悪い事とは思わず、借金返済のために当たり前の事をしているつもりでした。それがXにとって決定的な事になったようでした。
Xとの最後は私にとって突然の出来事でした。
「もうお前に甘えることは出来ない。俺に付き合わせるのが申し訳ない。」
と言って全く帰って来なくなり、連絡も途絶えてしまいました。
Xの実家に住んでいた私はXの母親に「まだ居て欲しい」と哀願されましたが家を出ました。
この借金をどうしたらいいのかXと話がしたくても連絡が取れないのでXの姉の所へ駆け込みました。かわいがってくれたお姉さんでしたがすべて打ち明けたら、50万円を渡され、「今はこれしか出来ない。ごめんなさい。」と謝ってくれました。
こんな風に私の初めての大恋愛は400万の借金を背負わされて婚約破棄されてあっさり終わってしまったのです。
一人になった私がどういう生活をしていたかざっくり説明すると、
車に荷物を全部詰めて車で生活。朝7時に銭湯に行き、昼の会社へ出勤。昼の仕事を終えたらまた銭湯へ行き、夜のアルバイト先で着替えと化粧をし、AM1時まで仕事。
月に26万円支払いがあるので30万を目標に同伴出勤、週末はボトルを入れてもらうためにたくさんお酒を飲み、日曜日は何をしていたか覚えていません。
車で寝泊まりするのが寒くなり、とうとうアパートを借り、そこから7年くらいは借金返済をしました。それはまた今度詳しく。
まとめ
借金にはまったく縁遠かった私があれよあれよと2年間で400万円もの自分名義の借金を作ってしまった話。後日Xは「20年掛けて200万の年金保険をお前名義で作って金を返す。」と連絡がありましたが、数か月後「好きな女に振られて死のうと思っている。もう死ぬからお前にお金を返すことは出来ない。」と涙ながら朝の8時前に電話をかけてきました。
この頃の私は冷静になっていたのでお金を返す気がないのだと悟っていました。
今でも元気に闇金のお兄さんとお友達になり飲み歩いてつるんでいるようです。
一度だけ街で出会いましたがそそくさと隠れてました。
私より9歳年上のする行動か?と思いましたね。
どうしてこんな男の為に一生懸命になれたのでしょうか。
私はとんでもない男に時間もお金も搾取されました。
パチンコに連れられて行くようになった時点で気付くべきでした。
【婚約】というただの口約束のお陰で全身全霊相手のために尽くした恥ずかしいお話です。
このようにHSPの最大の特徴でもある正義感と理想と秩序が自分自身を苦しめる事になってしまいました。私は相手をしっかりサポートして二人の将来に向けて二人三脚で歩いていると思っていました。気づいたら借金が出来なくなるまでお金を搾取され、捨てられてしまいました。
本当に見る目がなかった、と思うと同時にきっとこれがHSPさんの最大の落とし穴なんだと気づきました。自分は正しいと信じてしまうと相手の思いが一緒かどうかも見極められず【結婚】という目標に向かって走ってしまう。
HSPの皆さんはこんな思いをしていないかな?
本当はこんな風に結婚したかった
この経験を経てどこにでもある出会いに一生を託すなんて本当はもったいないと思うようになりました。結婚というゴールを目指して真剣にお相手を探すサービスがありますよね。
まず自分の性格を診断し、データに基づいたお相手をピックアップしてもらえるところもあるみたい。
さまざまなサービスを使ってステキな結婚してみたかったです。
HSPさんは優しさを搾取されやすいです。
その優しさと責任感の強さは家庭に向いています。
しっかり受け止めてくれる相手を見つけてください。
私のようにならないでほしい。HSPさんに自分はHSPだと気づいてもらえるようにこれからも恥ずかしい話も綴っていきます。
NEXT→借金生活の中身を公開し、どんな経緯で借金を返済出来たかをお話しします。