【子供のHSP】我が子もHSP?

子供のHSP

HSP気質な息子のHSPエピソード

うちの子供は2人。

上の子がHSPかもしれないと思ったのは14歳になってからでした。
そこで生まれてからの事を思い出してみるとHSPエピソードがたくさんありました。

現在は天文学者の夢を抱いて頑張っている息子くんの子供の頃からのHSPエピソードを綴ってみようと思います。

筆者

こんにちは。私は強めのHSP気質を持っています。
まず息子のHSPに気づき、自分も同じ気質を持つことに気づいた経緯があります。今回はHSP母がHSP息子について生まれてからのエピソードを紹介します。HSPの子供の子育ては悩みがいっぱい。違和感や疎外感を感じてきた事でしょう。HSPと判明するとクリアに見えてきて対策もしやすいと思います。一緒に子育て頑張りましょう。

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実はHSCの子どもたちは「社会性」が高いとされています。誤解がないようにしたいのは「社交性」ではなく「社会性」が高いのです。
学校などの集団生活においては、社交的・活動的で堂々と大きな声で意見を言える子どもが評価されがちです。しかし子どもたちの集団をよく見てみると、HSCの子どもたちが身を削って協調性や共感性を発揮し、貢献していることが必ず分かります。

本の紹介文としてこのような一文がありました。私はこの一文で涙が出るほど感動しました。まさしく自分の息子はそれで、誰からも好意的に話しかけられ、どの意見にも耳を傾けて相手の言って欲しい言葉を考えて話しています。
そして相手に合わせてしまう自分に疲弊してしまう。生徒たちの認識と先生から見た印象が違っていて学校評価はあまり良くはない。大声で聞いたことのあるような言葉を並べて褒められる生徒をみて理不尽だな。と感じているが、そんなものだ。と悟って過ごしている。こういう子供の感性を大事に育てる仕組みが生まれてくれたらいいのにな。と考えさせられます。

HSPエピ~誕生編~

出産時に陣痛3日目でも子宮口が5センチから進まず、心拍が弱まり検査。回旋異常と判明。緊急帝王切開で生まれたお兄ちゃん。

田舎の病院で年に1人ぐらいしか回旋異常はない事からエコー検査はせず、陣痛促進剤を使う事を検討されたが赤ちゃんの心拍が弱くなり促進剤は使えない。と判断。やっと検査してもらえて生まれた子。

そんな大事な大事な第一子。変わった生まれ方をしたちょっと変わり者の息子

HSPエピ~1歳頃~車や電車や飛行機の音に敏感だった赤ちゃん時代

おしゃべりは早い方だったかもしれません。

毎日「かんぱあい。」と哺乳瓶と乾杯させられていました。

車の音、電車の音に興味を示し、散歩中にピタッと止まり、音の聞こえる方を見ていました
その目は真剣そのもの。近くに米軍基地があり、戦闘機を見上げたりするのも好きでした。
そのうち好きな音の車があるらしく、遠くから聞こえる音でも「ぶっぷ~。」と反応していました。

この頃は、集中したら動かなくなる子で周りの子供達との違いに悩んでいました。

HSPエピ~2歳から3歳~車や電車の形を観察しまくり、エンブレムを覚える

そんな車や電車飛行機好きの息子の為に本を与えました。500円ぽっきりシリーズの「くるま」という本。息子はこれなあに?見たことある。とエンブレムと車種を覚えて散歩しながら「これはトヨタの〇〇。」と得意げに話してくれました。

中でもプラレールへの熱は凄いものでした。
レールがガタついているときちんと走ってくれません。一人で組み立て、走らせ、失敗。とにかくまっすぐなレールを組み立てて走らせて失敗しては一人悔し泣き。という期間がありました。その姿は声を掛けるのが悪いと思うほどの集中力です。シーンと静まり返る部屋で一人黙々と遊んでいました。そんな息子に対し、手助けをせずに見守ることにしました。

実家に帰るとJR線路が見えるのでとても喜びました。貨物にハマってました。

好きなものがハッキリしている頃。新幹線や飛行機など本物を見に出かけて【本で見るのと現物では大きさや音もあって違って見える】何時間でも観察できる息子を見守っていました。

HSPエピ~2歳から3歳~親子リズムクラブ

親子リズムクラブに入会し、毎週のように15人くらいで集まり、運動をしたりモノづくりをしたりしていました。子供同士集まれば自然と子供同士で遊ぶようになる。と思っていましたが息子はダンスが終わり、談笑タイムになるとどんなに周りでドタドタキャーキャー走り回られても寝てしまうんです。
みんなでお昼ごはんを食べよう。といっても食べてしまえばもう寝てしまうんです。なのでちょっとした談笑タイムに参加しないことでみんなとの距離は縮まりませんでした。お母さんだけで話し込んで子供たちは周りを走り回る。というよくある光景に息子は参加したことがなかったのです。
ママ友さんにはこんなにうるさい中寝れるってスゴイ。と言われるほどでした。

リズムクラブには2年在籍しましたが相変わらず息子と遊びたいと寄って来てくれるものの、みんなが一つのものに固まるとその場から外れてみたり、「僕のだ!わたしのだ!」とケンカが始まりそうになるとその場に居なかったり。ママ友さんには「気配を消すのが上手」と言われていました。
私もあまり群れて遊ぶのが得意ではなかったので自分に似て変わり者なんだな。くらいに考えていました。

他の子供達ともっとコミュニケーションをとって欲しくていろんなイベントに参加していた頃。息子の異質さが際立って私はさらに悩みが深くなっていきました。

HSPエピ・幼稚園選び~理想との決別~

そろそろ幼稚園を探さなければという時期になり、オープンスクールなどに顔を出すようになりました。

  • 小学校受験に強い
  • 音楽に力を入れている
  • 卒園までに跳び箱〇段飛べるようにする
  • 毎日泥だらけになるまで外で過ごす
  • キリスト教(カトリック・プロテスタント)や仏教

などさまざまな特徴がある園を見てみました。

そんな中選んだのは
個性を大事にそれぞれのレベルの活動をする。縦割りクラスで同じ部屋に3歳から6歳の子が一緒に過ごす。週に数回給食があるが、バイキング形式で自分で取り分ける。というモンテッソーリ教育をしている園でした。

それまで見てきた息子の性格的に全員で何かを極める。という事に達成感を感じないタイプだと感じていたし、モンテッソーリの活動と言うのは一人一人別々で、極小ビーズで作品を作ったり、玉ねぎの皮をむいてみたり、ごまを擦ってみたり、編み物をしてみたり刺繍をしてみたり。とにかく集中しないと出来ない事が多く、息子にはちょうどいい難しさで活動中は部屋はシーンとしています。参観日で親が来ていようと子供たちは自分は刺繍をクリアしたい。という一心で取り組んでいるのです。その音のない部屋でそれぞれが集中している空間が息子には最高の環境だと思えたのです。

本音を言えば団体競技で一致団結して達成感を得られる体験もして欲しかった。そういう根性を育てたかった。理想ではバスケットボールやサッカーでかっこいいシュートを決めて「うお~」とか叫ぶようなそういう汗くさい男の子にしたかった。本当は・・・。今でも少し真逆の幼稚園に入園させたらどうなってたんだろうと考えてしまったりします。

自分の理想は一旦捨てて子供に合う園選びをしたことは良かったと思います。この幼稚園に入れば同じような子供達で楽しくやっていくんだろう。と考えていました。

HSPエピ・集中できるという強み

このモンテッソーリ教育は子の集中力をどんどん引き出してくれました。

合奏の練習でシロフォンを希望。不器用で初めはみんなより覚えるのが遅く、一人泣いていたそうです。先生がカスタネットなどに変えようか?と声を掛けたそうですが頑として拒み、給食の時間を押してまで練習していたそうです。
幼稚園の方針は個性を生かす。なので給食は同時に食べない事も多く、とにかく集中していたら放っておいてくれる園でした。そのおかげかシロフォンもすべての楽器の楽譜が耳にコピーされたようで、どこのパートが今間違えました。という事が分かるリーダー的存在になったそうです。

他にはモンテッソーリの活動で数字の概念(偶数と奇数)や世界の国旗など世界地図などどんどん覚えていきました。

個を極めるのは放っておいても出来るのですがやはり団体への苦手意識というか対人関係に怖さを感じているようなところは直りませんでした。
その頃第二子が生まれ、息子は溺愛。思う存分サポート出来る相手が出来て満足しているようでした。

HSPエピ・小学校での居心地の悪さ

そんな息子はそろそろ小学生と言う頃。幼稚園の先生に言われた言葉が衝撃でした。

きっと小学校で苦労する。」と言うものでした。

幼稚園はそれぞれ特色を持った園に入園出来ますが、小学校は完全に統一され、右向け右!が出来ないと評価がもらえない世界。

先生の言う通り、小学校での息子の個性は認められず、特に図工の時間。時間内に作品を作る事が要求されますが、息子は毎回時間内に完成出来ず、昼休みの時間などを使って仕上げなければならず、「のろまな子供」として過ごしました。息子の長所である【丁寧さ】や【粘り強さ】は評価にならない事が自己肯定感を下げ、自己否定に陥る事もあり、フォローが大変でした。

思わず、「人は人、あんたの事はお母さんが分かっていればいいじゃない。」と声掛けをして励ましました。

3年生の頃、毎朝ホオズキの鉢に水をあげるのが決まりでしたが、茎に大きなイモムシが付いていました。そのイモムシは葉っぱをどんどん食べているところでした。
息子は何とかしなければと思ったそうですが助けを求める事も出来ず、じっと観察したり集中して見てしまい、朝会に遅れ、先生に怒られて帰ってきました。息子は帰ってくるなり図鑑で調べ、「ヨトウムシ」というホオズキの害虫だと判明し、次の日に先生にすべて話すと「大事な事を調べてくれた。」とほめられると同時に「なんで言わなかった?」と言われました。

息子の気持ちは【害虫だとハッキリわかるまでは怒られても誰にも言わない】という頑固な一面が先生に伝わった出来事でした。それから3年生の担任の先生は息子の【正確な情報が知りたい。】という欲があることを褒めてくださるようになりました。
夏休みの科学研究や読書感想文(【微生物の世界】という絵本)を推薦してくださり、賞をとり、息子の自信にもなったようでした。

HSPエピ・登下校は一人がいい。と宣言

なぜか息子は登下校は一人で歩きたい子でした。
親としては登下校で友達としゃべりながら歩く事がコミュニケーションの第一歩として大事。と思っているので心配でした。

ある日、下校時に後ろから声を掛けられました。息子は聞こえないフリをして歩いていました。するとそのクラスメイトは後ろから蹴って来たそうで、帰ってきて泣き崩れました。あんなに絶望的な泣き方を見たのは初めてで私も慌てました。男の子同士のケンカなど手や足の出る事も当たり前なのかもしれませんが息子はそういうことを一切経験して来なかった。相手からすると「声を掛けてやってるんだから無視するな。」という事だったのですが息子は「僕は一人がいい。学校の中ではいいけど登下校では声を掛けないでくれ。」と宣言し、担任の先生もどうしたらいいか困ったようでした。

その一件からどうも息子は変わってる人の域を越えているのではないか?と発達障害を疑い始めました。
息子は登下校は植物を観察したり、車を見たりトラックやバスなどを見ながらいろいろ考えている。と話しました。友達とのおしゃべりよりそっちの方が楽しい。学校で班で話さなければならない時はいいけどそのほかで話したい事が合う人がいない。と言い出しました。
今から考えればHSPの特徴である、社会的な付き合いは誰とでも出来るが基本的には一人がいいと考える。人と居ること自体が疲れる。が顕著に表れています。

HSPエピ・発達障害には該当しない

それから私は息子の発達障害を疑い、調べました。
親族に自閉症の子が居るのですが雰囲気は違う。
先生に聞いても「全く思い当たる所はない」と言われました。

理想が高く、頑固で、集中してしまうと周りが見えなくなる。
でも誰かにそれを強要はしないし一人で楽しむことが出来る。
団体生活は苦手だがその場に合わせる事は出来る。
特定の友達は必要ない。
助けを求める事は出来ないが求められる事は嬉しい。
ゴミ拾いが好き。競争は嫌い。
スポーツはストレスを感じる。

その時は平和主義でおとなしい子というだけの事、という結論に至りました。しかし私は納得出来ず、担任が変わるたび「息子は発達障害ではありませんか?」と聞きました。
今となってはHSPというのは【人の気持ちが分かりすぎるから一人になりたがる】【他人をサポートすることに生き甲斐を感じる】という事が分かったので息子は【HSP気質】を持つ人なのだと納得しています。

HSPエピ・思春期突入

中学に入り、電車に乗って通学する事になりました。
相変わらず一人で登下校をしています。
相変わらず、図工は完成しません。
相変わらず、休み時間も一人で本を読んでいるそうです。
クラスメイトに話しかけられることを嫌がり、本人には言えず、ストレスがあったようです。
中学2年生になり、いわゆる陽キャが多いクラスでした。休み時間も授業中もずーっと騒がしく息子が先生に直談判することもあったようです。
息子は授業中は静かに受けるべき。という幼稚園時代の秩序を持っているのでストレスを感じてしまい、授業に集中出来なくなり、提出期限や範囲などの口頭での指示が聞き取れなくなり、ある一定の高さの音が聞こえずらい状態になっていたそうです。それでも私に助けを求める事は出来ず、テストで90点以上取っても提出物を出していないので評価は3という報われない結果にやる気をなくして自己否定に陥ってしまい、また泣き崩れました。

耳鼻科でも検査をして鼓膜の動きは正常なのに聞こえないというのは「聞きたくない。」という思いの強さから聞こえなくなる事もあるとのことでした。学校でストレスがあるんじゃないか?と言われ、学校と話し合いを持ちました。

息子の音に関しての不快感は尋常ではないのだという事を理解してもらう必要がありました。
思春期の敏感さともともと持っているHSPの敏感さが息子を生きづらくさせていたようです。
学校を変える事も考えました。オンライン授業が出来るようなところの方が息子には集中出来て良いのではないか?と考えていました。

中学校での話し合いで環境を少し変えてもらい、声掛けをしていただけるようになり、息子の学校での居心地の悪さは解消されていきました。ストレスがなくなると耳の聞こえも戻り、元気になりました。
しかし、HSPという言葉に出会っていなかった私は本当に悩みました。
最悪な事ばかり浮かんできて【息子が自殺をかんがえてしまうのではないか】と毎日毎日考えすぎて眠れなくなってしまい、自分が体調を崩してしまいました。
そういう事を家族に話しても「考えすぎだよ(笑)」と言われますます孤独になるような気分になった事を覚えています。

まとめ

息子くんの事を生まれてから今日まで見てきましたが一貫して変わらない所は

正しくありたい。一人の空間がないとイヤ。
読めない漢字は極力なくしたい。
答えを間違えたくない。など理想が高い、プライドが高いところですね。そして努力をする。誰かに勝ちたいのではなく、「知らない」と言いたくない。

ほかには国語現代文において作者の考えを述べよ。という問いは理解出来ない。
模試やテストなど難しいところを飛ばす。という時間配分が出来ない。
範囲になかった所が試験に含まれていると試験問題を作ったところへクレームを入れたいと思うほど許せない気持ちになる。

など、さまざま良いところ、柔軟になって欲しいところがありますが・・。
理想に向かって頑張れる環境を作ってあげる事が大事なのかな。
と考え、これから来る受験期間を見守っていこうと思います。

息子くん、HSP母と共にこれからもよろしくね。

PR 楽天ブックスさん

尊重されるべき子どもの“個性”を、“変な人”という言葉でラベリングさせない
この一言に尽きます。私は自分の子供を”変な子”と思い、”普通の子になって欲しい”と子供にとってイヤな環境に良かれと思って連れまわしてしまった事があるかもしれません。
確かに我が子のHSP(HSC)の本質は変わりませんでした。この本にもっと早く出会っていれば…と後悔しています。


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